こんにちは、natsuです。
普段、このブログやInstagramで「身体を整えること」について発信していますが、今日は少し私の過去も含めたお話をさせてください。
最近、私は「本を読むこと」にとても魅力を感じています。
なぜ、今、あえて本を開きたくなったのか。その理由を言葉にしてみました。
そのために、過去を簡単に振り返ってみました。
40年間「本嫌い」だった私が、猪突猛進の人生を止めて見つけたもの
私の過去と読書
私は今40歳です。学生時代から「読書したほうがいいよー!」と耳にタコができるほど何度も言われてきましたが、できませんでした。
小学生か中学生時代
夏休みの宿題に読書感想文がありました。これがほんとに大嫌いでした。
何を読めばいいのかわからないし、読む本が決まっても読めない、読めないから書けない。
なんとなく、文庫本の裏のあらすじをまとめて、素敵な本でした!と書き、縦書きの原稿用紙をなんとか埋めて提出していました。
社会人(20代後半)
上司に本を読んだほうがいいと言われ、
1週間ごとに上司と私、交互に自分がいいと思う本を決め、お互い購入して読んで感想を言い合う。
という取り組みを始めました。
面倒見のいい上司だったので、本来はありがたいことなのですが、私にとっては地獄でした。
まず何を読めばいいかわからないから、まず辛い。
上司も読むから、自己啓発本を選びましたが、自分も読んでてつまらないし上司もつまらないと言われました。
自己啓発本読んだんだから、本に書いてあること実践しなきゃと思うけどできなくて自分で自分を苦しめていました。
社会人(30代前半)
再度別の上司に読書を勧められました。
この時は、上司が選んだ小説を私も読んで感想を伝える。という方法でした。
以前よりも読めたと思いましたが、感想は特にありませんでした。
書いてあることが事実として、「そうか。」という感じで、それ以上はありませんでした。
結局どれも『やらされてる感』しかありませんでした。
どうして過去の私はこんなに本を読むのが嫌だったんだろうと考えてみました。
すると、わかったことがあります。
昔から「稼がないと価値がない」って思っていた。
アルバイトを始められるようになった16歳から、時間があれば働いてきました。
稼いでいないと自分に価値がないと思っていたからです。
正直、本って、映画やドラマ、SNSと違って、読むのに時間かかります。
そして、情報が文字しかないので、文字からその情景を想像しなければなりません。
なのでちゃんと読まないと内容が理解できません。
正直、映画やドラマって、なんとなくみていれば言っていることを理解できると言うところもあると思うんです。
SNSなんて、逆に脳死で見るだけだと私は思っています。
正直「本」を読むのは大変だし、めんどくさい。
そして、時間を使って一生懸命読んでも、お金にならない。
これらの理由にずっと避けてきたんだと思うんです。
振り返ると、自分の優先順位の一番はずっと「お金」でした。
でも、今は、自分にゆとりができてきました。
なので、「本」を手に取って開いてみようと思えたんだと思います。
合わせて、昔のせわしなく動いていたときの名残で、身体もガチガチです。
それを解きほぐして、内側の筋肉を使えるようにすることも今、並行して行なっています。
「身体の内側」「読書」2つを並行していき、スローライフをしていきたいと思いこのブログを書いています。
スマホの沼を抜けて「あえて文字を読む」というデジタルデトックス
現代は、放っておくとスマホに時間を奪われる時代です。
気づけばSNSを開き、流れてくるショート動画をなんとなくスクロールしてしまう。
正直、どれも似たような投稿ばかりで、浅くて、飽きているはずなのに、また見てしまう……。
まさに「SNSの沼」ですよね。
人と直接つながる機会が減っている今、スマホばかりを見ていると、自分の周りのほんの数人のことや、SNSの狭い世界のことしか分からなくなって、心がどんどん縮こまっていくような感覚がありました。
そんなとき、私を救ってくれたのが「本」でした。
ドラマや映画も素敵ですが、より深く、圧倒的な情報量で私を別の世界へ連れ出してくれるのは、やっぱり本だと思うのです。
1. 自分以外の「人生のヒストリー」を旅する
本を開くと、自分以外の人が紡いできたヒストリーが、驚くほど鮮明に見えてきます。
「こんな風に考えるんだ」 「こんな人生があるんだ」
その人がなぜその選択をしたのかという理由や深い部分まで、文字を通して勝手に想像を膨らませることができる。
それは、効率やタイパ(タイムパフォーマンス)を重視する現代において、最高に贅沢で心地いい時間です。
本が持つこの圧倒的な没入感にハマると、気づけばスマホを触るのも忘れて、数時間で1冊を読み終えてしまうこともあります。
スマホをあえて遠くに置いて本に没頭することは、SNSによる情報過多の脳によはくを取り戻す、一番のデジタルデトックスなのかもしれません。
2. 知らない世界の「裏側」に触れる面白さ

私は芸術を仕事にしているわけではありませんが、本の中で出会う「面白い表現」や「職業の裏側」に触れるのが、たまらなくおもしろいです。
たとえば、小川糸さんの『ツバキ文具店』という、代書屋を営む主人公の物語。
手紙を一通書くだけなのに、選ぶ紙、万年筆、インク、切手、文字の雰囲気、フォント、そして文章……。
依頼人に寄り添い、その人になりきるプロフェッショナルの努力と苦労の裏側が深く描かれていて、読んでいて、「こんな苦労があるんだ・・・」という驚きと発見がありました。
思い起こせば、手紙というものをここ数年書いていません。今この時代だからこそ、時間と手間をかけて、手紙を書く。
私も、この本の主人公の鳩子さんが書いた手紙をもらってみたくなりました。
『ツバキ文具店』の続編の『椿ノ恋文』の中に、私が感じていた「本の魅力」がそのまま言葉になっている、大好きな一節があります。
“身軽には旅行にも行けない状況で、手っ取り早く、外の世界へと連れ出してくれるのが本なのだ。特に物語は、私を魔法のじゅうたんに乗せて、現実逃避の果てしない旅へいざなってくれる”
椿ノ恋文より引用
本は、部屋にいながらにして、私を現実から果てしない旅へと連れ出してくれる、魔法のじゅうたんなのです。
気になった方はぜひ読んでみてください。
3. 直接書かないからこそ、五感に響く「表現の妙」
また、登場人物の心情が、直接的な言葉を使わずに表現されているのを見つけると、ゾクゾクします。
朝井リョウさんの『正欲』という小説の中に、あまり仲が良くない父と息子のやり取りを描いた、こんな一節があります。
“泰希と目があう。その顔面の肉が重力に負けていく。いつも自分が朝食を取る場所に父親の姿を認めた泰希は甘え声に象徴されるご機嫌なオーラをすっかり体内に仕舞い込んでしまった。”
正欲 より引用
ここには「父と息子の関係が冷え切っている」とは一言も書かれていません。
でも、「顔面の肉が重力に負けていく」という描写から、父親を見た瞬間にやる気が失せ、顔が引きつる様子が伝わります。そして「ご機嫌なオーラを体内に仕舞い込む」という表現から、一瞬で不貞腐れて心を閉ざした様子が、ありありと脳裏に浮かびますよね。
“五感全てにそっと蓋をする”
正欲 より引用
そんな表現に出会ったとき。 「あぁ、いま目の前の現実から逃げたいんだな、見て見ぬふりをしたいんだな」と、言葉の奥にある匂いや温度までが、そっと伝わってきます。
他にも本当にたくさんの素晴らしい表現方法を知ることができます。
気になった方はぜひ読んでみてください。
スマホを置いて、自分だけの「よはく」へ

本を読むことは、ただ知識を得ることではありません。
せわしない日常から離れ、知らない誰かの人生を旅し、美しい言葉の表現に五感を震わせる。
もし、毎日のスマホ画面にちょっと疲れてしまったら。
お気に入りの本を1冊だけ持って、五感にそっと蓋をして、魔法のじゅうたんに乗ってみませんか?
そこにはきっと、あなただけの心地いい「よはくの時間」が待っているはずです。
おすすめなのは通勤電車。他の人がスマホを見てる中、自分はお気に入りのブックカバーをつけた本を読んでいると、
なんだか。「私だけは素敵な世界に没入してるんだ♪」とちょっとした優越感を感じられますよ。
ただ自宅と会社を往復するだけの移動時間を素敵な時間に変えてみませんか?
最後まで読んでいただきありがとうございました。

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