東野圭吾先生の加賀恭一郎シリーズ第9作『麒麟の翼』。
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物語の核となるのは、日本橋に佇む「麒麟の像」と、江戸の歴史が息づく「日本橋七福神」です。
加賀恭一郎という刑事は、単に犯人を特定して事件を解決するだけにとどまりません。「事件によって傷ついた人々の心をどう救うか」――それこそが、彼の捜査の真の原点です。
今回は、加賀と松宮の足跡を追いかけながら、小伝馬町から人形町、そして日本橋へと抜ける「一筆書き約4.2kmのモデルコース」を実際に歩いてきました!老舗の絶品グルメ(玉ひでの親子丼)を堪能しつつ、「事件現場の地下道は今どうなっているのか?」という2026年現在の最新の様子まで徹底レポートします。
【前半】千羽鶴の原点を辿る|日本橋本町〜堀留町
まずは、青柳武明が息子のために千羽鶴を折ることを決意した「折り紙」の購入先からスタートします。
小津和紙|折り鶴に使った『和紙十色』
和紙の専門店は日本橋本町三丁目にあった。昭和通りに面したビル全体が会社で、一階が店舗になっている。(中略)
女性店員がいたので松宮が声をかけた。折り紙はあるかと尋ねてみた。
彼女が笑顔を浮かべながら出してきたのは、『和紙十色』という商品だった。(中略)
「ばっちりだ」松宮は加賀に見せた。
『麒麟の翼』講談社文庫 P203より引用

創業370余年の老舗「小津和紙」。武明が息子の罪を祈り落とすために買い求めた特製の和紙を突き止めたことで、七福神に折り鶴を奉納していたのが武明本人であったことが証明されます。足を使った加賀と松宮の捜査が実を結んだ最初のハイライトです。
椙森神社&寶田恵比寿神社|べったら市で賑わう江戸の古社
小津和紙から南東へ進み、七福神の社寺へ。この日は偶然にも、毎年10月19日・20日に開催される伝統の「べったら市」の当日でした!

椙森神社の境内に掲げられた無数の提灯には、これから向かう「玉ひで」など、人形町を代表する名店の名前がずらり。普段の静けさとは異なる熱気の中に、下町コミュニティの強い結束が感じられます。

隣接する寶田恵比寿神社も華やかなお祭り仕様に。江戸時代から続く商人の街の活気を肌で実感できる貴重な風景に出会えました。
【中盤】加賀が愛した下町グルメと捜査の足跡|人形町〜甘酒横丁
堀留町から人形町エリアへ南下。開店時間に合わせてランチをいただき、加賀たちの捜査拠点となった甘酒横丁を歩きます。
玉ひで|開店待ちで味わう名物・元祖親子丼
人形町通りを横切り、さらに進む。右側に親子丼で有名な『玉ひで』の看板が見えた。
『麒麟の翼』講談社文庫 P90より引用

加賀と松宮も通り抜けた老舗「玉ひで」。開店(11:30)の30分前である11:00に到着しましたが、すでに10名ほどが並んでいました。


開店直前には約30名の大行列になっていたので、早めのスタンバイが大正解です。入店後、入口のレジで先に注文と会計を済ませ、木札を受け取ります。

今回は『とく親子丼』と『元祖親子丼(しゃも)』を注文しました!


丸い蓋を開けると、黄金色に輝くとろっとろの卵と軍鶏肉がぎっしり。しっかりめの出汁と歯ごたえ抜群の軍鶏が絶妙で、これからの歩行取材に向けて最高のパワーチャージになりました。
甘酒横丁のスポットと名店(草加屋・ゆうま・快生軒)
「ちょっとした確認だ。たぶん事件とはなんの関係もない。ついてきても無駄だと思うが。」「付き合うよ。無駄足をどれだけ踏んだかで捜査の結果が変わる」加賀は苦笑した。(中略)
警察署を出ると、加賀はタクシーを拾った。乗り込むと、「近くて悪いんだけど、甘酒横丁まで」と運転手にいった。
『麒麟の翼』講談社文庫 P85より引用
「無駄足をどれだけ踏んだかで捜査の結果が変わる」――これこそ加賀恭一郎の流儀!甘酒横丁に連なるお店は、前作『新参者』の舞台でもあります。
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「この店の煎餅、なかなかうまいぞ」加賀がそういった『あまから』という店のシャッターも下りていた。
『麒麟の翼』講談社文庫 P86より引用

加賀が絶賛した手焼き煎餅の草加屋(作中店名:『あまから』)。張り詰めた捜査の合間にも、街の味を愛する加賀らしい温もりが伝わってきます。
前方に入り口から明かりの漏れている店があった。のれんは片付けられていたが、『ほおづき屋』という看板があった。手作り工芸品の店らしい。(中略)
「やっぱりこのお店の商品でしたか。こちらでよく見た柄だったので、もしやと思ったのですが」「間違いありません。縫い方に特徴があるんです。」
『麒麟の翼』講談社文庫 P88, 90より引用
武明が持っていたメガネケースの手がかりを求め、加賀が訪れた「日本橋ゆうま(作中店名:『ほおづき屋』)」。地域の人々と普段から交流がある加賀だからこそ、些細な持ち物の特徴から武明の生前の足取りをたぐり寄せることができました。
「青柳武明さんが立ち寄った店を新たに見つけた。」「本当かい?どういう店?」「老舗の喫茶店だ。今、そこでコーヒーを飲んでいるところだ」(中略)行ってみると、煉瓦と木枠の窓が印象的な店だった。昭和の匂いがすると松宮は思ったが、看板には、大正八年創業とあった。
『麒麟の翼』講談社文庫 P117より引用

武明が生前最後に立ち寄り、加賀と松宮も席についた喫茶店「快生軒」。

※写真は以前『新参者』巡礼で訪れた際のもの。大正の薫り漂う空間でいただく珈琲は格別でした。
浜町川緑道と弁慶像|八島冬樹が潜んだ現場の「今」
通りを渡ったところに細い公園の入り口があった。二本の通りに挟まれており、公園というより巨大な中央分離帯といったほうが適切かもしれない。入り口には弁慶の石像が立っていた。加賀はそこから中に入っていく。(中略)「ここはもしかして・・・・・・」「浜町緑道だ」加賀はいった。「八島が潜んでいた場所だ」
『麒麟の翼』講談社文庫 P90より引用
容疑者とされた八島冬樹が身を潜め、恋人の香織に電話をかけた浜町川緑道へ向かったところ……なんと大規模な改修工事の真っ最中!重機とトラックに囲まれる中、弁慶像だけが静かに佇んでいました。

※工事中で緑道の中を通り抜けられなかったため、以前訪れた際の緑豊かな散策路の写真も載せておきます。

【後半】祈りの足跡を辿る七福神巡りから事件現場の江戸橋へ
浜町から人形町の路地裏を進み、武明の足跡を追って七福神を順番に巡拝していきます。
笠間稲荷神社東京別社|小説に登場した「紫の折り鶴」
「あなたが会ったというのは、この人ですね」加賀が差し出した写真を見て、岩井は頷いた。「間違いないです」(中略)
「笠間稲荷神社で?」「そうです」(中略)
「俺なんかは適当に拝むだけなんですが、あの人はずいぶんと大層なものを用意してました。それでつい声をかけたってわけで」「大層なもの、とは?」「鶴ですよ、折り鶴」岩井はビールを一口飲んだ。「千羽鶴っていうほどのものではなかったけど、百羽くらいはあったんじゃないかな。紫色の綺麗な鶴でね、それを賽銭箱の上に置くんです。」
『麒麟の翼』講談社文庫 P193より引用
浜町川緑道の近くにある笠間稲荷神社東京別社。武明が紫色の折り鶴を奉納していたことが判明した、物語の核心を突く重要な舞台です。


末廣神社・松島神社・水天宮
笠間稲荷からさらに歩き、路地に佇む末廣神社へ参拝。

続いて、ビルの谷間にすっぽりと収まった松島神社へ向かいます。
突然小さな鳥居が現れた。ビルの中に組み込まれているので、少しでも離れると、そこに社があるようにはとても見えない。「松島神社。七福神の一つだ」そういって加賀は鳥居をくぐった。
『麒麟の翼』講談社文庫 P196より引用

そして、大通りに出て水天宮へ。
翌日の午前十時過ぎ、松宮と加賀は水天宮の社務所にいた。「折り鶴が?たしかですか?」松宮は勢い込んで訊いた。ワイシャツの上から灰色のカーディガンを着た男性が頷いた。「月に一度くらいの割だと思います。賽銭箱の上に置いてあるんです。千円札を入れた白い封筒と一緒に。」(中略)
水天宮に着くと、『和紙十色』で作った折り鶴を社務所の男性に見てもらった。男性は黄色い鶴を手に載せ、目を細めた。「これですよ。たぶん間違いありません。あの時の鶴です」この答えを聞き、加賀と松宮は頷き合った。
『麒麟の翼』講談社文庫 P198, 206より引用

安産祈願の水天宮に、なぜ武明は黄色い折り鶴を置いていったのか?加賀は決して決めつけず、丁寧に聞き込みを重ねることで、武明の心の奥底にあった祈りの意味に近づいていきます。
茶ノ木神社&小網神社
水天宮から北西へ進み、お茶ノ木の生垣に囲まれた茶ノ木神社へ。

さらに歩き、強運厄除けのパワースポットとして全国から参拝者が訪れる小網神社へ参拝します。

現場検証:青柳武明が刺された「江戸橋」は今どうなっている?
案内された場所は、首都高速道路江戸橋入り口のすぐ手前だった。歩道橋から地下に潜る道がある。
『麒麟の翼』講談社文庫 P22より引用
小網神社から昭和通りを進み、物語の発端となった「江戸橋南詰」へ。武明が凶刃に倒れた運命の地下通路を確かめるべく現地を訪れると……なんと、地下道への入り口は跡形もなく消え去っていました!


広場整備工事の真っ最中で、重機が入り、かつての薄暗い地下道はなくなっていました。
【クライマックス】日本橋の麒麟像と日本国道路元標
江戸橋南詰から川沿いの小道を西へ抜け、いよいよゴール地点である「日本橋」へ到着します。

男は身体を左右に揺らしながら、橋に近づいていった。明治四十四年に架けられた、国の重要文化財でもある日本橋だ。男は橋を渡り始めた。日本橋三越のほうを目指しているらしい。(中略)
日本橋の中程には、二体の麒麟像が置かれた装飾柱があるのだが、その台座のあたりにもたれかかっている。
『麒麟の翼』講談社文庫 P5より引用
胸にナイフが刺さった致命傷の状態で、助けを呼ぶこともせず、武明はこの麒麟像のたもとまで歩き抜いて絶命しました。

一方でこの日本橋は、容疑者とされた八島冬樹と恋人の香織にとっても、希望を胸に上京してきた原点の場所でした。
「日本橋って、あの橋ですよね、日本中の道のスタート地点のある・・・・」「道路元標・・・だったかな。そのとおりです。それが何か」香織は何度か浅い呼吸を繰り返した後、斜め下に視線を向けた。「あたしたち、初めて上京する時、ヒッチハイクを使ったんです」(中略)
「最後に乗せてくれたトラックの運転手さんが、日本橋の袂で降ろしてくれたんです。あたしたち、橋の上で万歳しました。ここからすべてが始まるって思ったら、すごく幸せだった。」
『麒麟の翼』講談社文庫 P99より引用


橋の袂にある道路元標広場。ここから日本のすべての道が始まります。
瀕死の武明が、交番を通り過ぎてまで麒麟像を目指した理由。それは、過去の過ちに怯える愛する息子へ向けた、命がけのメッセージでした。
武明は息子に伝えたかったのだ。勇気を出せ、真実から逃げるな、自分の信じたことをやれ、と。
『麒麟の翼』講談社文庫 P350より引用
そして加賀は、保身のために隠蔽を指示した大人に対し、激しい怒りを込めて真相を突きつけます。
過ちを犯しても、ごまかせばなんとかなる――三年前、あんたはあの三人にそう教えたんだ。
『麒麟の翼』講談社文庫 P364より引用
加賀と松宮の徹底した捜査によって、無実の罪を着せられそうになっていた八島冬樹の尊厳は守られ、絶望の淵にいた香織とお腹の子供の未来も救われました。
まとめ:加賀恭一郎が歩いた「心を救うための道」
今回、加賀恭一郎と松宮の視点に立って日本橋から人形町を歩き直したことで、改めて気付かされたことがありました。
加賀恭一郎が神社を巡り、老舗の和紙屋や喫茶店に足を運び、無駄足とも思える聞き込みを積み重ねたのは、単にトリックを解くためではありませんでした。「事件に関わったすべての人々が、過ちから逃げず、もう一度希望を持ってここから飛び立てるように」――その願いこそが、彼を歩かせ続けた原動力だったのです。
日本橋の麒麟に生えた翼は、ここから新たな一歩を踏み出す人々への祈りの象徴です。作品の感動を胸に、ぜひ加賀恭一郎の温かな視線を感じながら、日本橋の街を歩いてみてください。
▶︎祈りの幕が下りる時の巡礼はこちら。今回の巡礼先ととても近いです!




